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ドイツが1941年に侵略を始めると

ソ連は第二次世界大戦においては枢軸国であるドイツと日本に対して不可侵条約を当初結んでいたが、ドイツが1941年に侵略を始めると、一転連合国側について戦うことになった。

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ドイツにアドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が台頭し、互いの利害によって締結された独ソ不可侵条約の秘密協定に沿って、1939年のドイツのポーランド侵攻の際にはポーランドの東半分のガリツィアなどを占領した。 ポーランド占領時(1939年9月)、ソ連のNKVD(ソ連の内務省、秘密警察)が捕虜にしたポーランドの軍人・将校・官僚など2万5千人をカチンの森や収容所にて、裁判なしに銃殺したことが後に明らかにされている(カティンの森事件)。

またスターリンはモロトフ外相をして、バルト三国に圧力をかけ、ソ連軍の通過と親ソ政権の樹立を要求し、その回答をまたずに3国に進駐した。さらに親ソ政権を組織して反ソ分子を逮捕・虐殺・シベリア収容所送りにして、ついにこれを併合した。同時にソ連はルーマニアにベッサラビアを割譲するように圧力をかけ、1940年6月にはソ連軍がベッサラビアと北ブコビナに進駐し、領土を割譲させた。さらにレニングラード防衛を理由に隣国のフィンランドを侵略して冬戦争を引き起こし、カレリア地方を併合した。しかし1941年にはドイツがバルバロッサ作戦を発動してソ連に侵攻し、いわゆる独ソ戦(「大祖国戦争」)が開始されると、連合国側として第二次世界大戦に参戦することになった。一時は首都モスクワにドイツ軍が進撃する場面もあったが、日ソ中立条約による日本軍の不参戦やイギリス軍やアメリカ軍などによる西部戦線における攻勢、アメリカなどによる軍事物資提供による後方支援のおかげもあり、レニングラード包囲戦やスターリングラード攻防戦に勝利し、ポーランドなどの東ヨーロッパを侵略して、最終的にドイツの首都であるベルリンを陥落させ、戦勝国となった。

日ソ中立条約を結んでいた日本に対しては、ヤルタ会議における密約(ヤルタ協定)に基づき、大戦末期の1945年8月8日になって不可侵条約を一方的に破棄してソ連対日宣戦布告をし千島列島や南樺太、満州に侵攻した。この際にソビエト軍は、自国の占領地を少しでも増やす目的から日本軍の降伏による停戦さえ無視し侵攻を続けた。満州・南樺太・朝鮮半島に住む日本人女性は流刑囚から多く結成されたソ連軍によって集団的に強姦された。また、日本軍の約110万人を捕虜としてシベリアに抑留し約34万人が死亡したとの推定もある(シベリア抑留)。 第二次世界大戦におけるソ連赤軍による民間人の女性の強姦は歴史史上最悪といわれるほどの被害者を出し、ドイツ、日本、ポーランド、ハンガリーなどの諸国を合計して200万人と推定されている。

第二次世界大戦の勝利によりソ連はドイツ、ポーランド、チェコスロバキアからそれぞれ領土を獲得し、西方へ大きく領土を拡大した。 また、開戦前に併合したエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国への支配、ルーマニアから獲得したベッサラビア(現在のモルドバ)の領有を復活させた。更にこれらの新領土から多くの住民を追放あるいはシベリアなどに強制移住させ、代わりにロシア人を移住させた。 また、極東では日本の領土であった南樺太および千島列島を占領し、領有を宣言した。 さらに、日本が旧満州に持っていた各種権益のうち、関東州の旅順・大連の両港の租借権や旧東清鉄道(南満州鉄道の一部)の管理権の継承を中華民国に認めさせた。

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2009年04月25日 13:48に投稿されたエントリーのページです。

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